まちづくりNPO ラピュタ創造研究所
連載  太介不乃己不をさがせ!
(12) シリーズ第4弾
武生国府跡現場見学  メモ

    

現場見学出発前に、まずは簡単に武生国府の説明 (ラピュタにて)
現場見学出発前に、まずは簡単に武生国府の説明 (ラピュタにて)
2007年1月20日(土) 13:30〜15:30

現場見学に、いざ出発 (ラピュタ前) 「あのJR武生駅あたりを、国府の東辺と想定しています。」
現場見学に、いざ出発 (ラピュタ前) 「あのJR武生駅あたりを、国府の東辺と想定しています。」
敦賀からの参加者も熱心に聞き入っています。 
(福井銀行武生支店前)

「これが、例の『催馬楽』の碑です。」 (市役所前) ここは江戸時代には堀だったところですが、
「これが、例の『催馬楽』の碑です。」 (市役所前)
ここは江戸時代には堀だったところですが、
ちょうど国府東辺から一町西のラインです。 
(東公民館裏)
ここは国府調査のための発掘にもってこいのところです。
ここは国府調査のための発掘にもってこいのところです。
教育委員会は昨年ここを発掘調査したが何も出なかった、と言っていますが、本当でしょうかね。 
(旧ユース跡地)

ここは昔から国衙の跡ではないかと言われている本興寺です。 ここがエンバ川(現在は暗渠)曲がりの部分です
ここは昔から国衙の跡ではないかと言われている
本興寺です。
あのブロック北側を先年発掘しましたが、
国府に関係するような重要な発見はなかったと
報告されています。
(本興寺境内にて)
ここがエンバ川(現在は暗渠)曲がりの部分です。
国府の北辺と想定しています。
御霊神社。国府には必要なアイテムの一つです。 近くにお住まいの南部さんの説明では「江戸時代には国分寺の北側にあった。」そうです。
御霊神社。国府には必要なアイテムの一つです。
近くにお住まいの南部さんの説明では「江戸時代には国分寺の北側にあった。」そうです。
この真裏が国府北辺です。 
(御霊神社にて)

これが河濯川です。
これが河濯川です。
国府域形成のために造られた人工的な排水河川です。
国府の西辺と想定しています。
 (えびす通りと河濯川の交差点橋上にて)