まちづくりNPO ラピュタ創造研究所
連載  太介不乃己不をさがせ!

(6) 「味真野→武生国府移動説」の登場

    

「太介不乃子己不」は味真野で、国府は当初味真野にあったがのち越前市街へ移動したという新説(第三説)を福井大学の門井直哉助教授が、福井大学地域環境研究教育センター研究紀要「日本海地域の自然と環境」13に「味真野小考」と題して最近(2006年8月)発表した。

門井さんの考えでは、『催馬楽』の古謡「ミチノクチ タケフノコフニワレハアリト オヤニハ…」は、味真野から越前市街に国府が移動した後に味真野周辺で謡われたもので、「太介不乃子己不」は「竹生の古府」と解釈できるという。門井さんは、以前より古代北陸道の研究をしていて、その過程で味真野の重要性を認識するに至ったようである。

従来、武生国府の文化の周辺地域への余滴の一つとして味真野もその恩恵に浴して比較的文化度が高い、というのが一般的認識であった。しかし、「武生国府」のルーツは実は「味真野竹生古府」となると、ベクトルの方向は逆になる。